第ニ話 百合

4.百合へ


『百合』は、ゆったりと動いて彼に体を擦り付け、煙の女達は百合が触れていない所に纏わりついて、羽のような軽さ

の手や舌で、彼を丹念に愛撫してくれる。

それは暖かい蜜の中に浸かっているようで、安らかな気分だった。

彼の股間のものは、『百合』のすべすべしたお腹とサラリとした陰りに交互に愛撫される。 

ススッー…サラサラ…ススッー…サラサラ… その微かな音は子守唄のようにやさしく、彼はまどろむような快楽の中

で時を忘れる。


キラリ…彼の目に、日の光が差し込んだ。

気がつけば、部屋に差し込む日の光がかなり柔らかく、ベッドの辺りに傾いた光を投げている。

彼は無意識に手を動かして光を遮ろうとした。 しかし力が入らない。

(あれ…) どうしたのか考えようとした。 が、ぼーっとして頭が回らない。 

何とか手を持ち上げ『百合』に触れた。 『百合』がこちらを見た。 潤んだ目が彼を見て、その瞳に彼が映る。

(…僕…こんなに…可愛かったかな…?…)

疑問が表情に表れた。 『百合』はそれを見て微笑み、天井の鏡を示した。 彼が百合に示されるままに鏡を見る。

あ… 驚きに声が漏れ、その声に又驚く。

天井に映る姿。 胸が僅かに膨らみ、体が丸みを帯びてきている。 そして声。 微かに高く細くなっている。

(まさか…体が女に?…)

驚きのあまり固まってしまった彼の股間を『百合』がそっと撫でた。 不意をつかれ、『百合』を見た彼の口に、百合が

あの煙草をそっと滑り込ませる。

すぅ… 声を出そうとして吸い込んだ煙がネットリと甘い。 痺れる快感が全身を満たし、力が抜ける。

はぁ…すぅ… 彼は軽く目を閉じて深く煙を吸い込む。 いいようのない甘美な愉悦に体が震える。


(…何だっけ…ああ…女に…体が…)彼の中で、『理性』が最後の抵抗を試みる。

のろのろと首を動かして『百合』を見た。 彼は問いかけるように口を動かす。

『百合』が微笑む。 彼女は彼の頤(おとがい)を軽く持ち上げ唇を奪う。 驚きに彼の目が見開かれ、優しさと寂しさを

湛えた瞳をまともに覗き込んだ。

…怖がらないで…  彼の頭の中に声が響く。

(…『百合』?…) 彼の心…魂に百合が直に語りかけてくる。

…いらっしゃい…私達の世界へ…『百合の園』に… 

背筋が震えた。 『百合』の誘いは抗いがたい甘美な響きとなって彼の魂を揺さぶる。

(…はい…)心の中で彼は『百合』に答え、見開いていた目をゆっくりと閉じる。

『百合』と彼の舌が絡み合い、彼は『百合』の手握り締めた。

煙の女たちが笑いさざめき、ゆったりした動きで彼の体に纏わりつく…


はぁ…ぁぁ…ぁぁぁ… 彼は思わず両手で自分を抱き締めた。 煙の女達は彼を隙間なく包み込み、羽よりも軽い愛撫

で彼を愛する。

あ…ぁ…あはぁ…   煙草の力か、肌が敏感になっている彼には、その軽い愛撫が深い喜びとなる。 

この世のものとも思えぬ甘く切ない快感。 そして体の形が徐々に変わっていくのを感じる。

目を開ければ正面に鏡、腕が細く優しく、胸は次第に膨らみながら暖かい心地よさを湛え、腰が豊かに広がって行く

につれ心が不思議と落ち着いていく。

次第に美しく変わっていく自分…それに魅せられ、好ましく感じてしまう。


しかし、時折心がざわめくと、自分の中の何かが抗おうとする。 (…だめだ…こんなのは間違っている…)

そうすると『百合』があの煙草を咥えさせてくれる。 甘い煙が体を満たすと不安の声は聞こえなくなり、女に変わる喜

びは確かなものにしてくれる。

次第に濃くなる夕闇の中で、女達はあたかも『彼』の体を『彼女』に着替えさせるようにかいがいしく動き続け、かれは

その甘美な愛撫に身も心も浸りきる…


光が失せ闇に目が慣れた頃、彼の体は殆ど女になっていた…一点を除き。

(…ああ…あれが…) それが彼を『彼』にとどめている… 

男根は陰嚢もろともに不自然な快感に固くなっているが、あの狂おしい欲望は感じない。 ただ、もどかしさと寂しさを

合わせたような感じに包まれていた。

実体を伴った手が彼を背後から抱き、男根をさすった。

振り向けば『百合』が口付けを求めて来た。 彼はそれに応じる。 それが合図のように、煙の女達は彼から離れた。

良く似た二人は、ベッドの上で互いの唇を貪った。 ふくよかな胸に互いの乳首がくい込み、滑らかな肌の上を滑る。

互いの息が荒くなる。

『百合』は彼をはなすと、ベッドに横たわり軽く足を開く。 彼は『百合』に体を沿わせた。

『彼』の証を『百合』の花びらにそっと宛がい、ゆっくりと伸びをするように百合の体の上を滑る。

ふ… う… 固い凶暴な形を、柔らかな花が受け止め、あやすように奥に誘う。 二人はゆっくりと互いの体を滑り、そ

して深く…深く結合した。

『彼』は目を閉じて『百合』の形を彼のもので感じ、『百合』が感じているものを感じ取ろうとする。

ヒック…ヒック…ヒック… 女の中を埋め尽くす為の物が、それを貪ろうとするかの様に痙攣する。 二人はそのまま動

きを止めた。


どのくらいそうしていたろうか…不意に二人を光が照らし出す。 彼がそちらを見た。 月が青白い光を投げかけてい

る。

あ… 彼の中で何かが変わる…下腹が冷たく痺れる。

目を閉じてその感触を探る。 何か…体の中で何かが…下腹を羽のように撫でる感触が…

(…これは…あ…)   彼はピクリと震えた。 お腹の中で冷たさが突然熱に変わる。

(あぁ…熱い…はぁ…) 初めて味わう感覚に戸惑う。 体が次第に熱くなり、そして心地よくなっていく。

体を震わせる『彼』を百合が優しく抱きとめ、そのまま背中を撫でる。

メリッ…一瞬、体が裂けるような苦痛があり…下腹の中に熱い塊が生じた。 それはすぐに脈打ちだす。

ドクン…ドクン…ドクン…

うっ…うう…ううっ…未知の感覚に『彼』はうめく。 そして次の瞬間、体が熱く蕩けるような快感に満たされる。

あっ…ああ…ああああっ… ジュク…ジュク…ジュク…

濡れた音を響かせ、股間のものが縮んでいく。 『彼』の中に生まれた女が、『男』を貪ぼるように吸い込んでいく…熱

い快楽と共に…

あ…ああっ…はぁぁ…

同時に『彼』の魂も変わっていく、男の部分が『女』の快楽に溶けて消え、彼の中を満たした甘い煙が代わりに彼の魂

と一つに溶け合って行く。


はぁっ…はぁ…はぁ… やがて呼吸が落ち着き、表情が穏やかになった。

『彼女』は『百合』に助けられ身を起す。

僅かに残っていた男の猛々しさは消え去り、『彼』は一人の美しい女に生まれ変わった。 『百合』と良く似た女に…

『百合』は『彼女』と軽く口付けを交わす。

二人は互いの体を絡み合わせ、互いの性器を深く密着させた。

あ… あ… そして、一対の生き物のように互いの体を愛し始めた。

生まれ変わった体の生み出す深い喜びに浸り、『彼女』は『百合』と至福のひと時を過ごす。 最初で最後の…


リー…リー…虫の音に『彼女』は目を覚ました。

月はまだ高みにあって、ベッドの上の二人を照らしている。

『彼女』は『百合』を見た。 青白い光に照らされ、深い眠りに落ちている。 いや…

『彼女』は『百合』に触れた。 鼓動を感じない、温もりが消えていく。 『百合』は眠ったまま、その生を終えようとして

いた。


『彼女』の頬に涙が一筋流れる。 それから『彼女』は二人が愛し合ったベッドのシーツで『百合』をくるむ。

そして、羽のように軽い女を抱え、サンルームのガラス戸を開いて百合畑に歩みだした。

月の光に照らされた白い百合畑を、シーツに包まれた『百合』を抱えて歩く『彼女』の姿は非現実的な美しさだった。

やがて、彼女は百合畑の中にぽっかり開いた空間に出た。 其処には長方形の穴が掘られている。 丁度人一人を

横たえられるぐらいの。

『彼女』は『百合』をその穴に横たえた…


…しばらくして『彼女』はサンルームに戻ってきた。

そして、『百合』が身に着けていたものを拾い上げ、身に着けていく。

鏡を見る。 そこには新しい『百合』がいた。

彼女は振り向く。 月光に照らされて広がる百合畑…今日からは『彼女』がこの庭を世話するのだ。 そして自分もい

つかは新しい『百合』に役目を引き継ぎ…

すうっと、一筋の煙が入ってきた。

差し伸べる指に煙は絡みつき…『百合』の姿となる。 

『彼女』は微笑む。 役目を終えた『百合』は百合の花に生まれ変わり、その中で行き続ける。 悲しむ事はないのだ



煙となった『百合』が彼女に纏いつき、続きをせがむ。 

『彼女』は着たばかりの服を脱ぎ、美しい裸身を晒す。 百合の花から甘い煙が立ち昇り、新しい『百合』と戯れようと

次々集まってくる。


『百合』と百合の女達の宴は続く。 この『百合の園』がある限り…

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女は語り終えると、再び煙草を口にした。

滝はじっとりと汗をかいた額を拭う。 ちらりと隣に座っている相方の志戸に目をやった。 彼も汗をかいている。

「へ…へへ」パチ…パチパチ… 震える手で拍手をした。「中々…面白い話じゃないか…」

ふっと女が笑い、煙草を一本差し出す。

「お…おりゃピースしか吸わねえんだ…」滝は断った。

「そう…」女は言った。「では…」

ふっと、女が煙の塊を吐き出す。 それは、もやもやと漂いながらろうそくを包んだ。 それは人の手の形になると、芯

を摘んで火を消す。

滝は目を丸くして女を…『百合』を見た。

『百合』の姿が煙のようにぼやけ、滝達の前から消えた…

<第ニ話 百合 終>

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